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王子の本と平行して読んでいるのが、
「それってどうなの主義」(斉藤美奈子)
私はこの人の本が好き。
舌鋒の鋭さがすぎると感じることも多いんだけど、
この本はちょうどいい具合で読みやすい。
(その分、あまぞんのレビューでは「物足りない」って意見が多かった)
発行はかなり前なんだけど、
文庫化にともなってその後のコメントをつけているのも面白い。
こういう本は、読む側も立ち位置を迫られちゃう。
作者にただ追随するのなら方向を変えただけの単なる保守派だし、
何もかも否定すりゃいいっていうのとも違うし、
行き過ぎたらネトウヨになっちゃうだろうし、
(ネトサヨというのもあるんだろうか。寡聞にして知らない。というか知りたくない)
自分なりの視点を模索しすぎてメレディーに行き着くのもいやだ。
自分がどこに近づきつつあるのかを意識しながら、
いろんな方向を知るために本を読む、
そうなりたいものなんだなあ。
最近読んだ本。
・「アモス・ダラゴン」1~12巻(ブリアン・ペロ-)
息子に借りてこさせてワタシが読破という、とんでもない方法で読んだ本(^_^;)
でも息子も面白がって自発的に2巻を読むようになったし、結果オーライ?
しかしー。
1巻はすごく面白かったんだけど、途中からちょっと好みじゃなくなってきたかも。
まぁ、判断するのは息子だからいいか。
多神教の世界がベースなので、ドラクエだので出てくる名前も登場する。
それを息子に説明してると、結構興味持ってくれるのは嬉しいな。
・「告白」(湊かなえ)
職場の主婦同僚から借りた本。
借りなかったらおそらく自発的には読まなかったと思う・・。
最近ではこういう、心の闇系のミステリは苦手になってしまったから。
だけど読んだら引き込まれちゃったけどね。
どう感想を書いてもネタバレになっちゃうけど、
えーと。
どう転んでも不幸な結末になる可能性があるのなら、
とりあえず息子をムギューしておこう、とか思いましたよ。
だって、親として自分が最高の結果を残せるなんて思えないもん。
ワタシの子育てがどう転ぶかわかんないもん。
それなら楽しく息子と遊んだほうがマシだああ。
・「武士道シックスティーン」(譽田哲也)
痛快青春小説。
これは前から読みたくて、読んだらDVDも見たくなった♪
続編も早く読みたいな。
ワタシは痛ましいほどに頑張ってる香織ちゃんが大好き。
彼女にはまだまだハードルがあるんだろうけど、乗り越えてほしいー。
・「ウォームハート・コールドボディ」(大沢在昌)
暇なときにはエンターテイメントハードボイルドがいいです。
大沢在昌さんのには、そういうときにはずれがありまへんな。
死んだ途端に人間的LVがUPしとるやんかこの主人公。
死ぬ前の、優柔不断のままだったら、どう進んだんだろうこの小説。
・「いじめるな!」(香山リカ・辛淑玉)
裏表紙には「日本のいじめが様変わりし、陰湿化した理由をさぐる」という文章。
このふたりの対談は面白いし、辛さんの、
(弱いものいじめには大きくわけて2種類あり、
抑圧された者が、自分を守るためにより弱いものを抑圧していくものと、
権力者がその心理を支配のために利用し、ターゲットを作っていくものがある)
「こうしたテクニックは、人間が余剰の富を持ったときから延々と続いてきている」
という文章には、ほんとに大きく頷いたけど、
(だから余剰の富のない時代だったら弱いものいじめは発生しないと思うし)。
だけど、日本のいじめが陰湿化したというのは間違ってると思う。
ずうっと、いじめっていうのは陰湿なのよ。
目立つ前に別の形で出たから、陰湿化してないように思えただけよ。
それか、セーフティネットがあったか。
ワタシには家族とリコーダーと御近所と職場とブログがあって、
PC以外はリンクしてる部分が大きいので、
全部がうまくいかない場合もあるだろうな。
仮想現実だとして社会的には認められてないブログが一番、
セーフティネットとして機能してるのかも。
かといって、息子がPCの中でだけ元気って状況だったら、
心配になっちゃうだろうけどなあ。
オバサンになった自分が、
自分の理解できないことに対してどこまで寛容でいられるか、
そういうのって結構重要だろうと思ったりする。
池上さんのわかりやすい説明が大好きなので、
喋り方の技術を知りたくて買った本。
会社でプレゼン等をする人にとっては必読かも。
なんせNHK出身、上品であざとくなく、どこでも通用するユーモアの達人だもの。
ただ、よくも悪しくもNHKというか、誠実すぎるという気もしちゃうのだけれど。
たとえば第8章に「使いたくない言葉ー無意味な接続詞」という項目があって
(そのこと自体には非常に納得し、反省もするんだけど)、
「話は変わるけど」の使い方について、
「エッセイを読んでいて、『話は変わるが』と書いてあると、がっくりします。
(中略)
『一つのテーマでエッセイを書くことができなかったのだな』とわかってしまいます」。
これには承服しかねるんですのよ。
全然別の話題を出して、最後にころっとひっくり返して最初の話題と結びつける、
そういう三題話みたいなエッセイが大好きなんだもん。
「話が変わるが」ってあると、どう繋げるんだろうってワクワクしちゃうのに。
民放のコメンテーターについて書いてる部分もちょっとだけあるけど、
つくづくこの方はバラエティに出ていてもバラエティの方ではないなぁ。
でも、ご自分の立ち位置をしっかり把握して、
ご自分に求められてるものや自分の立場、更には自分の弱点、
そういうものを全部わかった上で喋ってらっしゃるのはすごい。
それって、なんとなく、王子の路線じゃないかなーって思ったりもしたです。
上品で自分の立ち位置を自覚して求められたヒットを打って、
ちょっと驚かせるような冗談も言うけれど、その後のフォローもできる。
これをバラエティのスピードでやっていただければ、理想かも。
・・うあ、なんてワガママなハードルの高さだよ・・(-_-;)
